
2026年3月15日 14:55
4日前の3月11日、私たちは東日本大震災から15年という節目を迎えました。福島第一原子力発電所の事故や大川小学校の悲劇など、幾多の大惨事は今なお私たちの社会に深い傷跡を残しています。当時、皆さんの多くは幼少期にありましたが、皆さんなりの仕方であの日起きた出来事を感じ、経験されたのではないでしょうか。そして、その後の歳月の中で、社会が混迷しつつも、復興へと向かっていく様を肌で感じながら生きてこられたと思います。
さらに、皆さんの高校生活は、新型コロナウイルスという未曾有の困難にも直面しました。当たり前のはずだった高校生活が失われ、孤独や不安の中で学びを継続しなければならない日々が続きました。 本日ここに立つ皆さんという存在は、そうした幾多の困難を乗り越え、自らの力で未来を切り拓いてきた証にほかなりません。そうした皆さんの世代こそが、戦争に満ち溢れた今の世界を変革し、これからの不確実な社会を生き抜いていく上での最も強い希望であると、私は確信しています。
そんな皆さんに、一つ紹介したいエピソードがあります。 イタリアのミラノとコルティナ・ダンペッツォで開催されていた冬季オリンピックとパラリンピックは本日で最終日を迎え、多くの日本人選手の活躍も報道されました。その数ある出来事の中で、オリンピックのフィギュアスケート女子シングルで金メダルを獲得した、アメリカのアリサ・リュウ選手のエピソードです。ハーバード大学で小児精神科医として活躍する内田舞先生が、このアリサ選手について書かれた記事があります。アリサはかつて、全米選手権を史上最年少で制覇し、天才少女として世界中の期待を背負っていました。しかし、わずか16歳で一度引退し、リンクを去ります。理由は、自分の人生を楽しみたいという、非常にシンプルで切実なものでした。アリサはその後、自身がADHDであることをカミングアウトしています。しかしそれは、ニューロダイバーシティ、つまり脳の情報処理のスタイルが、多数派とは少し違うということなのだと気づいていきます。 そして引退してから2年後に、彼女は誰のためでもない自分が滑りたいから滑るという純粋な喜びを見つけ、再び競技の世界に戻ってきて、今回のオリンピックでは金メダルを取りました。内田先生は、彼女のこの歩みを「少女を削る時代の終焉」と呼び、他人の評価や数字ではなく、自分自身の幸福を最優先することの重要さを語っています。
今の社会には、乳幼児期からより早く、より高くと、子どもたちを競争へと駆り立てる風潮がまだあります。他者と比較し、数字や成果で子どもの価値を測ろうとする競争主義的な教育です。しかし、内田先生が指摘するように、周囲の期待や成果のために「子どもの今」を削り、得られた成功に、本当の幸せはありません。 アリサ・リュウ選手が一度リンクを去らねばならなかった事実は、私たち大人、そして教育に携わる者が深く反省すべき問いを投げかけています。皆さんが現場で出会う子どもたちは、誰一人として「誰かに勝つため」に生まれてきたわけではありません。教育者の役割とは、子どもたちを型にはめ、競争のレールに乗せることではありません。教育学者のグニラ・ダールベリらは『「保育の質」を超えて』という本の中で、こういう競争主義的な教育に対して、「他者性をスタンダード化されたカテゴリーの中に抱きすくめ窒息させるための、危険きわまりないしかけである」と警笛を鳴らし、「自分たちが本当に望み、価値を感じ、望んでいるものは何か」ということを大切にする幼児教育、そしてまた、「不確実性と複雑さ、驚きと好奇心を歓迎する」幼児教育の重要性を説いています。
皆さんが、本学で得た経験と学びを糧に、成果や評価という「スタンダード化されたカテゴリー」ではなく、子どもたちの内側に宿る「不確実性と複雑さ、驚きと好奇心」を歓迎する存在になってくれることを、切に願っています。 最後に、皆さんがこれからも、新しい時代のフロントランナーにふさわしく、それぞれの夢と希望を実現するために羽ばたいていってほしいということを切に願い、私からの挨拶といたします。
2026年3月15日 白梅学園大学・白梅学園短期大学 学長 小玉 重夫