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2023年度入学式 学長告辞

2023年4月 1日 17:06

白梅学園大学、白梅学園大学大学院、白梅学園短期大学 入学式 学長 髙田 文子 

 新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。ご家族の皆さまをはじめ、皆さんの今日を支えた関係者の方々に心よりお祝い申し上げます。本日の主役である皆さん一人ひとりを、この穏やかで、柔らかくも温かい春の日差しのもと、お迎えできたことを教職員一同あらためて嬉しく思います。
 この3月に、大学に先んじて全国の高等学校の卒業式の様子がテレビで放映されていました。3年間で仲間と声を出す初めてで最後の合唱の場面を見て、あらためて人生で一番友達と歌うことが楽しい時期に、声を出して歌うこともできなかった日々を思い胸が熱くなり、思わず入学予定の皆さんの高校時代に思いを馳せました。よくぞ3年間を乗り越えてこの春を迎えられました。
 大学は、高い教養と専門的能力を培うところであり、深く真理を探究するところでもあります。学問として深く探究するにしたがって、研究対象は分化していきます。本学の専門領域のひとつである保育学を例にとっても、保育実践に関わる研究、人間の発達を理解する研究、子どものケアに関わる研究、子どもの文化に関わる研究、保育者についての研究、保育や保育思想の歴史に関する研究などさまざまな領域があり、その中の保育実践に関わる研究領域であっても、さらにカリキュラム研究、特別なニーズに応答する研究、遊びと学びの研究等々さらに細分化を繰り替えしていきます。一方で、対象にアプローチすればするほど、専門的な領域がいくつか協業(統合)した視点も求められます。これを「学際性」といいますが、まさに、子ども学、保育学は学際性としての特徴を有します。子ども学や保育学という領域の特性として、細分化していくと同時に統合したり協業したりする視点が必要になるということも理由のひとつですが、現代社会における子どもや保育をめぐる課題は、細分化する方向だけでは解決できないような複合的な構造をしているともいえるからです。本学で学ぶにあたって、是非分化と統合の視点をもってください。

 次に、大学での学びについて、オープンキャンパスの模擬授業などで体験しているかもしれませんが、あえて保育や教育と離れて「書店が無くなるとはどういうことか」という問いを取り上げて一般論として考えてみましょう。
 一昨日の新聞において、昨年9月時点で全国の自治体の26.2%が書店がひとつもない、「書店ゼロ」であると報じられました。出版文化産業振興財団の調査だそうです。中には、書店のない自治体が半数を超えた県がある一方で、広島と香川の両県は全自治体に書店があるそうです。この情報を耳にしたときに皆さんはどう感じたでしょうか。
 私は、北国の田舎で高校生まで過ごしましたので、気分転換も、待ち合わせも、必要な文房具を買うのも「今泉」という街の大きな本屋でした。絵本を買ってもらったのも、高校生の時参考書を立ち読みしたのもそこでしたので、絵本コーナーも参考書コーナーもありありと思い出せるくらい思い入れがありました。1892(明治25)年創業のその店が2000(平成12)年に108年の歴史を閉じたときには、東京にいた私は、本当に衝撃を受けて、故郷の大事な思いでまで消し去られた思いでした。これが私にとっての「書店が無くなること」への感情です。
 一方で、21世紀に生まれ、本はネットでぽちっと買えてすぐ手元に届く時代に生きる皆さんにとって、そもそも書店はスマホの中に存在するバーチャルなのかもしれません。そうなりますと、書店ゼロの街があっても「問題ないじゃん」と思ったとしても自然な感じもします。
 例えばこのように、同じ時代に生きていても、世代によって享受する文化も、方法も、一連に伴う感情も異なるわけで、この「書店が無くなるとはどういうことか」という問いに対して、世代やパラダイムの異なりや関係性に着目して物事を多角的に捉えていく、その視点を養うのが、まさに大学の学びです。
 話が抽象的になりましたが、皆さんそれぞれが関心をもつテーマにアプローチするときに、歴史と時代背景、そこでの暮らしと価値観、それらに基づいて形成される感情までもが複雑に絡まり合っていること、その答えは一様ではないということを理解して複眼的に取り組む力を養うことが大学での学びに期待されているのです。そして、それは、これからの時代における課題解決への志向性(向き合う力、向かう力)を育むことにつながります。
 父親の育児参加を促す活動として、NPO法人「ファザーリング・ジャパン」を2006年に立ち上げ、「イクメン」や「イクボス」を提唱してきた安藤哲也さんという方がいます。本学でも子ども学科のオリゼミにお呼びしたことがあります。
その彼が、コロナ禍で人口1.7万人の山形県河北町にプチ移住したときに、本屋がないことがよくその地域で話題になったそうです。「書店がない」というところにここから先ほど来の話につながります。地方は都市部に比べて男女の性役割分担意識が強く、女性が住みにくいと感じたというのです。安藤さんらしく、ジェンダー意識をアップデートさせて、女性にとって居心地のよい空間をつくりたいと考えるようになります。そして、とうとう60歳になった誕生日に、「たき火のような本屋を」というNPOを立ち上げ、今年の10月に1号店がオープンするそうです。コンセプトは、書店ゼロの地域にまちの本屋を復活させ、書店を拠点としたまちづくりを支援することが目的とのことです。「たき火のような本屋」とは、「たき火があれば、自然と人が集まり、話を始める」イメージだそうですが、やってみないとうまくいくかはわからないといいます。
 でも、ここには、「書店がない」と嘆くだけでなく、その時代と場所と人に応じた、新たな文化的資本であり、居心地のよい居場所としての書店&カフェを創出する志向性がはっきりと見て取れます。
 長くなりましたが、21世紀生まれの皆さんが歩むこれからの人生100年時代には、それこそさまざまな時代背景をもって生きてきた幅広い年齢層が、異なる価値観をもって同時代生きることになります。そのような時代にあって、「たき火のような本屋」のように、世代間で共有できるあらたな価値づけも必要になるでしょう。皆さんには、子ども期に関わる専門性を培うとともに、安藤さんのように新たな時代に適応し、幸せになるための文化的資本を生み出す志向性をも身に付けていただきたいと強く願っています。私はこれこそが、現代における本学のヒューマニズム精神だと考えるからです。

 今日から始まる大学生活が、手ごたえのあるものになるように、ともに重ねてまいりましょう。あらためて教職員一同、皆さんのご入学を心より歓迎いたします。

学長 髙田文子 2023年4月1日

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